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欧米人に議論で勝つには

日本人の知人が「日本人は議論どころか会話も下手な人が多いが欧米人は会話がスムーズでごく自然にユーモアも交えて議論も出来る」というXの投稿をSNSで紹介していたのをきっかけに、あれこれ考えてみました。

多くの日本人がスムーズに会話出来ない理由は自分にも相手にも地雷が多すぎて、要は空気を読みすぎて気遣いし過ぎていることに一因があるように思います。

そして相手がサービス業の店員や水商売の従業員だったり仕事の部下だったり「気を遣わなくてもいい格下の人間だ」と勝手に判断した場合、空気読まないどころか普通にコンプラやモラルに抵触するような言葉をド直球でぶつけたり…という人も中にはいるのでは。

ただ、欧米人…まぁわたしが詳しく語れるのは主に欧州人ですが…彼らの自然でユーモアに富んだ会話やそこから派生する政治や社会問題に関する議論というのも昔の日本の文化人が思い描くような高尚なものでもないと思うのですよね、これは相手が底辺だろうと会社経営者や学者だろうと変わらないのですが。

テロ事件で有名になったシャルリー・エブドの異文化や他宗教を侮辱するような際どい笑い、或いは日本でも多くの反発を呼んだドイツ公共放送(ZDF)の一連の福島原発事故を揶揄するブラックジョーク…ああいうのが欧州人の言うところの「知的なユーモア」であり、それを一緒になって笑って似たような面白いことを言うのが「ユーモア溢れる会話」であり、或いはイスラム教徒や日本人の立場で反論があるなら更に強烈なブラックユーモアでカウンターするのが欧州人の言うところの「面白い議論」なんですよね。

因みにシャルリー・エブドや公共放送に出演するようなコメディアン等プロによるブラックユーモアはサタイア、一般人含めてそういう会話をすることをザカスムスと言います。ザカスムスを日本語に訳すと「皮肉」とか「嫌味」になります。これ、ドイツ人と付き合った日本人が別れたくなる理由のナンバーワンですね。

と言うと、いやいやそれは一部の教養のない低学歴者の話であって知産階級はちゃんと知的でユーモアある会話をしてるでしょとか言われそうですが、わたしも最初はそう信じていたのですが、というか信じたかったのですが、教養とか学歴とか階層とか関係なく、上記のようなやり取りを「知的でユーモアある会話」と捉える文化なんです。

シャルリー・エブドみたいなサタイア誌の記者や編集者、公共放送のディレクターは皆修士持ちや博士持ちの文系エリートなわけだし、寧ろビルト誌みたいな低所得低学歴層向けの大衆紙の方がこういうサタイア系ブラックユーモアは少ないです。「ブラックユーモアを理解せず本気でぶちギレる低能読者が多いから」でしょうね。

では欧州人のこういうブラックユーモアをどう切り返したらいいのかと言うと、実際わたしが奴らをやり込めた時の実例の一部を紹介します。

2011年の福島原発事故の際
ドイツ人「日本人はホント放射能浴びるの好きだねぇ。」
わたし「そうなんですぅ、国民性ですね。ドイツ人が人に毒ガス吸引させるのが好きなのと一緒です。」
↑当時スキャンダルになっていたVWのディーゼル排ガス不正と言わずもがなの負の歴史にかけている。これで相手が逆上するのは織り込み済み。
ドイツ人「はぁ、ナチスの歴史をジョークのネタにするとか、不謹慎過ぎるだろ!」
わたし「ほほう、ドイツの歴史は笑っちゃいけないのにアジアの歴史はいいんだw人種差別も好きな国民性だっていうの忘れてましたわw」

犬を飼っている話をした時の反応
ドイツ人「その犬、イースターのお祝いの食卓に乗るのかい?w」
わたし「よくご存じですね、我々アジア人は四本足は机以外、二本足は親以外なんでも食べますが流石に知能が高くて繊細な感情のある動物は食べられません。だから犬は食べませんがあんたみたいな白人は食べられますね。ただ法律以外に問題が一つあって、我々グルメなんで、脂でギトギトの上賞味期限も切れたジャンクフードは食べたくないんです。」

親戚の集まりで
ドイツ人の義兄「日本人男性とコンドームの共通点知ってるか?どっちもプラスチックゴミだ。Gelber Sack(黄色い袋)だからなw」
↑ドイツのプラスチックゴミ回収袋は黄色で、袋(Sack)はスラングで睾丸、転じて「野郎」という意味、つまり「黄色い野郎」。
わたし「じゃあドイツ人は男女関係なく全員生ゴミだね。Braune Tonne(茶色いゴミ箱)だからw」
↑ドイツの生ゴミ回収箱は茶色の蓋、そして茶色はナチスのシンボルカラーで人種差別主義者を意味する。Tonne(ゴミ箱)は単位のトンの意味にもなる。トンは肥満な人間への嫌味にもよく使われる。因みに下写真はドイツのゴミ置き場。右端の黄色い蓋がプラスチックゴミ、中央の小さい茶色の蓋が生ゴミ。

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こういう風に下らない嫌味に更に強烈な嫌味で返してバッサバッサ切り捨てていると「頭のキレるユーモアの分かる人」と言われますが、わたしはこういう会話全然楽しくないです。ユーモアの分からない頭の固いつまらない人間と思われてもいいから放っておいてくれと思いますね。だからドイツで友達が少ないのかもしれません。

ただ、ドイツでも最近はポリコレの波が押し寄せていて、回りくどく嫌味に嫌味で応戦しなくとも「それって人種差別ですよね?傷付きました。」で済む場合が増えてきました。つまりポリコレを武器に問答無用で会話を強制終了させられるようになってきました。本当に最近の、コロナ禍少し前からの傾向ですが、これをキャンセルカルチャーと読んで「最近は何でもかんでもポリコレで創造的な会話がし辛くなった」という人もいます。

しかし欧州人も学ぶべきだと思うのです、世界の多くの文化圏でサタイアやザカスムスは人間性の低さの証と捉えられ、侮辱と受け取られるのだということを。

国際感覚身に付いてないドイツ人あるあるで、アジア人が話し相手の時は初対面でも面白おかしくアジア人やアジアの歴史や言語に関するジョークを相手がぶちギレるまで言い続けるというのがあります。義父や義兄弟もそうだしベルリンにいた時の教区の神父や引退した元新聞記者、大学の講師陣もそうでした。これは「ユーモアを交えて話せば初対面でも打ち解けるだろう」と思っているからで、アジア関連のジョークならアジア人にも取っ付きやすくてウケるだろうと思ってるのですね。

以前夫に「こんな糞なレイシズムジョークを言いやがったアホがいた」ということを報告していたら、近くにいた義父がレイシズムジョークの内容だけ聞いて、ゲラゲラ笑いながら「お前もついにユーモアが言えるようになったか!」と無邪気に喜んでいました。それ見てわたしはもうこの人種と分かり合おうとするのはやめようと思ったし、義父は義父でわたしが「ちがわい!こういう糞ジョーク言う奴はナチだって話だわ!」と言うと、以降いじけて「日本と日本文化に関する話題は俺の中ではタブーだ」と言うようになりました。

では普段ドイツ人とどういう会話をしているのかと言うと、仕事関連やご近所等、今後も真面目にお付き合いを続けて行かざるを得ない相手にブラックユーモアを吹っ掛けられたら「そういう言い方は不愉快です」と単刀直入に言います。これで大体「話の通じないめんどくさい奴」認定されますが適正な距離が出来てその後の人間関係は楽になります。

一方プライベートで関わるどうでもいい人間やほぼ通りすがりのような人間にブラックユーモアで突っ込んでこられたら、こちらも戦闘モードでザカスムスをぶちかまします。SNSのクソコメも同じです。

欧州のザカスムス文化の数少ない利点はSNSで発揮されると思っています。日本のSNSのクソコメの応酬って秒で人格否定に入りますが、欧州のSNSはザカスムスが通じるのであくまで「言論」に留まり苛烈な人格否定に陥る前に大抵「面白かったw」でお開きになります。これこそ真の「欧州人の機知に富む会話」なのかもしれません。わたしはドイツのSNSで何度か喧嘩相手から「あなたのザカスムスは素晴らしい」と言われましたが、日本のSNSのレスバでこういう展開はあり得ないんじゃないでしょうか。

欧州人はLinkedInやFacebook等匿名性の低い、実名どころか職場も即バレするようなSNSでも平気で際どい議論をしますが、それはザカスムスがクッションになってうっかり人格否定の応酬に関わる恐れがないというのと、ともすると「素晴らしいザカスムスの使い手」認定されてよい意味での「会話力のアピール」にさえなるからだと思います。

欧州のザカスムス文化が育まれた背景には、支配者や国境線がコロコロ変わり、昨日の多数派は今日の少数派、貴族や支配階層でも戦乱や革命で一寸先は闇、誰も安全圏にはいられない…という17世紀以降の歴史があります。

日本の江戸時代のように社会が安定していなかったので、江戸っ子の洒落皮肉のように「絶対的支配者であるお上に対して手も足も出ない庶民が密かに浮き世を嘲笑う手段であり、弱者→強者への皮肉はありでも強者→弱者への皮肉は単なる暴力」のようなルールもありません。謂わば皮肉のバトル・ロワイアル状態。

ドイツにおいてザカスムス文化が大成したのはナポレオン支配時代だったと言われています。この時期に生まれた伝統が、カーニバルです。道化の格好をして、サタイアコメディアンが全タブーを無視し、政治、社会、宗教、スポーツ、ありとあらゆるモノをコケにしまくり、政治を風刺する巨大な山車が街を練り歩きます。ちょうど2月の今の時期で、先々週子供達の幼稚園でもカーニバルの扮装で登園する日がありました。

昔はインディアンやアフリカ人や中国人のステレオタイプの扮装が主流だったようですが、最近はポリコレ関連で消防士、警察官、科学者、医者等が多いようです。要は特定のエスニックグループや権威の真似をして面白がるという風習で、サタイアの原点です。

本当にカーニバルの意匠を100%汲んで飛びきりのザカスムスをお見舞いしようと思ったら、カトリックの幼稚園のカーニバルでパパはエロ神父、ママはセクシーシスター、子供達は少年コーラス隊の格好で「性加害なんてありませんよ~。神が創造したままの姿を尊ぶことを教えただけですぅ」…なんて。流石にやる勇気はありませんが。
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テーマ : ドイツ
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欧米人との議論

ブログ主様、はじめまして。
Jと申します。
欧米人との議論のやり方についてググっていたらこちらのブログにたどり着きました。

正直、私も欧米人の皮肉文化が苦手です。。
こちらも頭を使って言い返すのも疲れますし、
悪口の応戦が嫌なんです。
なぜなら、人との会話では、相手を楽しませるボジティブな言葉や、気遣いをするべきだと思うからです。

私が一番びっくりしたのは、ドイツ育ちの日本人女性が日本語でドイツ式の皮肉を言っていた事です。
あれはドイツ人がドイツ語で皮肉言うのより、パンチ効いてたなーと思い出します。

ブログ主様とブログ主様のご家族が幸せな日々をお過ごしになりますように祈っています。

Re: 欧米人との議論

はじめまして!
こんな僻地まで来ていただき、ありがとうございます。
欧米人とのやり取りで共感してくださる方がいてとても嬉しいです。
わたしも全く同じ気持ちです。何故わざわざ不快になるようなことを言うのか、二度と会わないような赤の他人や本当に仲の悪い相手ならともかく、しょっちゅう顔を合わせる親戚にそういう態度はどうなのか?と、ドイツ人の義父に聞いたことがありますが、こういう絡みはドイツ語で「necken(じゃれ合い)」と言い、寧ろ親愛の情の表れだと説明され、益々意味不明だと感じました。そのくせ、日本のお笑いのノリで軽く「何言ってんの!」と小突くと「そんなことで暴力を振るうのか!」とドン引きされるんですよね…想像以上に感覚違いますね。

でもおっしゃる通り、日本人でもこういう嫌味を交えた会話がハマる人もいるみたいで、わたしの大学の時のドイツ語講師(日本人男性)もそうでした。彼の場合はドイツで生まれ育ったわけではなく、留学していただけのようですが、コメントにあった女性同様、日本語で、口だけ笑いながら嫌味ばかり言う人でした。学生の時は何故わざわざ学生に嫌われるようなことばかり言うのだろう?と思っていましたが、ドイツに住むようになってから「ああ先生はドイツに染まっていただけなのか」ということがわかりました。

興味深いコメントと温かいお言葉、ありがとうございました☆
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ナナコ・ゲーリング

Author:ナナコ・ゲーリング
ドイツに嫁いで11年、可愛い双子の男の子を授かりました。
このブログでは、ドイツでの暮らしと子育てのことと同時に、いつか成長した子供たちが読んでくれてもいいように、日独夫婦のわたしたちが歩んできた道のりについても書いていきたいと思います。
ブログも手探り、子育ても手探り、こんな人でも海外で暮らしてるんだぁ…と読んでいただければ幸いです。

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