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世界遺産ワッデン海

あまり知られていませんがドイツはイタリア、中国に次いで世界で三番目に世界遺産の多い国です。ドイツの世界遺産というと、大聖堂や中世の街並み等歴史、文化系遺産の方が有名かもしれませんが、自然遺産も存在しています。北海沿岸の干潟であるワッデン海もその一つで、今回イースター休暇を利用して家族で行って来ました。

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こちらはドイツ国内ではそこそこ有名なザンクト・ペーター・オーディングの海岸です。ちょうど干潮だったため、見渡す限りの干潟が広がっています。イースター休暇の真っただ中ということで、観光客はそれなりにいましたがほぼ全員がドイツ国内からの旅行者のようで、外国人観光客の姿は殆ど皆無。もしかしたら穴場なのかもしれません。

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この奇跡のフォトジェニックショットは「折角だから夕日を見に行こう」という夫の気まぐれで実現しました。子供達は長旅で疲れ切り、わたしも「明日ゆっくり海岸散策すればいいんだし、今日はもうさっさとシャワー浴びたい…」などと言っていましたが、干潮と夕日と晴天が重なったのは休暇中この日一日だけでした。

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疲れて「歩きたくない」なぁんて言っていた子供達も、目の前にこの光景が広がった途端ぱっと顔を輝かせて泥んこの干潟にダッシュ。ゴム長靴に泥遊び用の上下を着せておいて良かった!

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この場所には夫も子供の頃家族旅行で来たことがあったそうです。ドイツは大陸国で、海に面した地域は非常に限られているため「海辺での休暇」は特別感があり、子供達の記憶にも鮮明に残るようです。夫も子供の頃の記憶を頼りにこの場所を探し出し、自分の妻と子供達と共にもう一度訪れたのでした。

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それにしてもこの光景、日本人のわたしもどこかで見たような気がします…
潮が満ちると周囲が水没するこの通路…なんとなく、ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」に出てきた「沼の底」駅に向かうシーンに似ているよな気がします。

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北海沿岸地方特有のこうした茅葺屋根の民家もどことなく「銭婆」の家を彷彿とさせます。宮崎駿さんらジブリ関係者は北海のイギリス側のリゾートで休暇を過ごしたことがあるそうなので、案外この光景が作品に投影されていたとしてもおかしくないかもしれません。

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さてこの海、世界遺産だけあって生態系は豊かです。ちょっと子供達が網を入れただけで、このように魚が捕れます。

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ドイツ人は基本魚料理はあまり食べず、魚全般苦手だという人も結構いますが海に面した北海地方ではレストランのメニューにも魚料理が載っています。

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お味の方はまぁまぁでしょうか。味付けも調理法も「ざっくり」しています。殆どが白身魚のようですが、本当の北海名物はNordseekrabbe(ノルトゼークラッベ)と言われる小型の海老で、クリームと和えてサラダやパンに載せたりスープに入れたり様々な食べ方ができるようですが、わたしは苦手なので写真はありません。

久しぶりに魚料理が食べられるのは嬉しいのですが、正直日本の漁師町に来た時のような「海の幸!」感はありません。北海は確かに北大西洋海流が流れ込み、緯度の割に気候は温暖ですが日本近海のように極地からの冷たい海流とぶつかって豊かな漁場となっている訳ではないようです。

日本の海は、日本海でも太平洋でもどこへ行っても海が見えるよりも先に磯の香りがして、いかにも栄養たっぷり、美味しい魚が泳いでいそうな雰囲気がありますが、北海は生態系豊かな干潟と言えども海水に膝まで浸かっても殆ど磯の香りはしません。心地よい潮風で「ああ、淡水じゃないんだ」と辛うじて分かる程度です。散々遊んだ子供達は波を被ってびしょ濡れになりましたが、しばらく歩いているうちにすっかり乾いてしまい、日本の海で遊んだ後のようなベトベト感は全くありません。車に乗り込んだ頃には海で遊んだことなど忘れてしまうほどさっぱりとしていました。

美味しい魚が捕れる豊かな日本の海で海の幸を楽しむ休暇と気軽に散策できる北海リゾートで楽しむ保養地の休暇…それぞれ違う楽しみ方があるのかなと思います。
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テーマ : ドイツ
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子連れでミシュランレストラン

昨日は夫の誕生日。わたしの誕生日はドイツでは東西統一記念日、国民の祝日ですが、夫の誕生日は平日なので昨日は運悪く出勤日。子供達が朝起きる頃にはパパはもう家にはいませんでした。でも、「今日はパパのお誕生日なんだよ。」と言うと、「お誕生日!パパとお食事行く!」と言うので、職場にいる夫と相談し、急遽近所のレストランに予約することになりました。

今住んでいるのはド田舎なので、地元の人達がワイワイ集まる素朴な田舎料理のお店にでも行ければ…と、それらしい所を適当に検索して電話してみました。すると、ドイツとは思えない程感じのいい女性が丁寧に応対してくれ、「夫の誕生日だ」ということを伝えると「それでは何かプレゼントを用意しますね!」と、当日の昼間だったというのに予約を快諾して貰えた上、「双子の三歳児が一緒ですが良いですか?」と一応聞いてみると「ダメな訳ないじゃないですか!お子様たちも勿論歓迎です。子供用メニューもありますので。」と即答。いいお店が見つかった!と喜んでいました。…が、このやたらとレベルの高い電話応対で既に気付くべきだったのです…。

着いてみると、なんとミシュラン星付きレストランだったのです!ネットの写真では素朴な田舎家に見えた建物は、実際には築何百年も経った歴史的建造物を粋にアレンジしたモダンでオシャレでいかにも高級そうなお店だったのです。こんなド田舎にどうしてこんなハイレベルな飲食店が?しかも店員さんたちは全員感じの良い金髪美女。こんなド田舎でどうやってこんな人材揃えたのでしょう?…そういえばヨーロッパって、田舎のレストランは学生の自炊よりレベルの低いハズレ店もある一方で、大都市から一時間位の程よい田舎には都市の喧騒を嫌う都市圏の美食家が集まる知る人ぞ知る穴場店もあるのでした。

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さてさて、そんなミシュラン星付き高級店に思いがけず幼稚園児二人と押し掛けてしまったわけですが…隣の部屋では高級スーツを着たどこかの会社のお偉方が商談中。後ろのテーブルでは上品そうな老夫婦が静かに記念日を満喫中。勿論お写真は撮れませんがまるで白黒映画から抜け出して来たかのような老婦人のエレガントな髪型につい見入ってしまいました。1930年代みたいなピンカールボブなんてリアルで初めて見ました。ジブリ映画「魔女の宅急便」の「青い屋根の家のおばあさん」のような雰囲気の老婦人でしたが多分本当にああいう豪邸に住んでいらっしゃるのだと思います。

子供達が迷惑かけたらどうしよう…とひやひやしましたが、金髪美女なウエイトレスのおねえさん達に一人前のお客様として扱われ、状況を理解したのかいつもよりかなり背伸びをして彼らなりに終始気を遣って行動してくれました。食器で遊ばない、ちゃんとフォークとナイフを使う等々、あれ?普段こんなにいい子だっけ?

更に店員さんは勿論、周囲のお客様達も子供達を見て笑顔を向けてくれたり、うろうろゆっくり歩くのをにこにこしながら待っていてくれたり、信じられないくらい優しくて、なんだか自分は子供がいなかった頃こんなに子連れに理解なかったかもしれない…とちょっと反省しました。

お味の方は文句なしのミシュラン星付き、納得です。子供達のお子様ランチですら美味しすぎて、これがミシュランに載るフライドポテトか!と感動しました。ジャンクフードとのこの違いは何なのでしょう。全く別の食べ物のようです。

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そしてこちらがミシュランシェフが作ったザウアークラウト(キャベツの酢漬け)と血のソーセージです。一応付け足しておくと、ザウアークラウトも血のソーセージも典型的なドイツの田舎料理です。日本で言うなら漬物と馬刺しとかそんな感じです。美味しいけど、癖が強いし外国人で好きな人は限られるかな…という料理ですが、それがミシュランシェフにかかるとこうなるのか!というのは最早感動。こんなにエレガントなザウアークラウトと血のソーセージ、ドイツに来て初めて食べました。因みに血のソーセージ、材料は本当に豚の血液なのですが、あまりの美味しさに子供達もモリモリ食べてました。

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こちらはカリフラワーのスープで、ワサビが使われていました。ブロンドのおねえさんが「ヴァザービ」と言うのでイタリアの香辛料か何かかと一瞬思いましたが食べてみて分かりました、正真正銘日本の山葵でした。

この後勿論メインディッシュとデザートも出てくるのですが、何しろ写真をパシャパシャ一杯撮れる雰囲気ではなかったのでお料理の写真は前菜しかありません。

メニューは伝統的なドイツ料理ですが、ドイツ料理って基本は田舎料理なので高級レストランとの相性は悪く、ドイツの洗練されたお高いレストランは大抵フランス料理です。恐らく昔から王侯貴族は宮廷でフレンチグルメを楽しみ、ドイツ料理を食べていたのは一般庶民だったのでしょう。だから現在でも「なんでドイツ料理の癖にこんなに高いんだ?」という感覚は大衆層にもグルメ層にも存在し、高級店がドイツ料理に手を出しにくくなっているのでしょう。しかしこのレストランはそこに果敢に挑戦し、見事、繊細でエレガントで洗練された「高級ドイツ料理」の創造に成功したわけです。その辺りが、ミシュランで評価された理由なのかもしれません。

まさかこんな田舎にベルリンやフランクフルトでもお目にかかれなかった高級グルメが転がっていたとは!これは次に日本から両親が遊びに来たら連れて行かない訳には行きませんね!

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本当は怖い「ポニョ」

どんどん言葉を覚え始めた子供達。未熟児で、しかも男の子は女の子に比べて言葉は遅いと言われているので気長に構えていましたが、大人同士のドイツ語の会話は怖い位理解しているし、冠詞や格変化等、大学で第二外国語としてドイツ語を選択すると苦労する複雑な文法をすらすらと使いこなし始めているので改めて母国語ってすごい!とドイツ文学科卒は密かに感動しています。

「先ずは母国語!」と思っていたので敢えて日本語は全く教えていませんでしたが、最近何か言うと「ハイ!」と日本語で返事したり、「ママ、ごめんね」とか「クラゲ!」とか「アツイ!」とか日本語の単語が出て来るのでどこで覚えてきたのだろう?と思っていたら、映画の「ポニョ」でした。

「ポニョは」去年初めて見せた時から子供達の大好きな映画で、長男は幼稚園の同じクラスの仲良しの赤毛の女の子、ポリーナちゃんのことをついうっかり「ポニョ」と呼んでしまうほどお気に入りで、最近は次男もハマり出したので毎日お風呂の後にパパママの寝室のベッドで大画面で「ポニョ」を見ながらうとうと→子供部屋のベッドに運ばれるというのが定番になりつつあります。

というわけで、わたしももう何十回と「崖の上のポニョ」を見ている訳ですが、それで気付いたことがあります。この映画、全く同じ内容のまま実写版にしたら普通にホラー映画だということです。

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初めてこの映画を見たドイツ人の夫は「ディズニーのアリエルの日本版?」という感想を抱き、わたしは「ジブリ映画っていつからこんな幼稚園児向け全開になったんだ?子供いなかったら絶対見ない作品」と思ったものです。ですがこれは恐らく意図的にこれでもかと可愛らしく幼稚園児向け風にされた作画とこれまた幼稚園のお遊戯会のような楽しいサウンドトラックの罠にまんまとはまった初見の感想で、本来「スプライス」や「ぼくのエリ 200歳の少女」のようなR16ホラーファンタジー以外何者でもないストーリーを見事に幼稚園児と一緒に楽しく観賞させられてしまったということなのです。

【以下ネタバレになります】

「スプライス」はカナダとフランス合作のSFホラーで、遺伝子工学者のカップルが人間と種々の生物の遺伝子を組み合わせて異形の人工生物を誕生させるという話です。こうして実験過程で生み出されたクリーチャーは水陸両生で、ケモノでもヒトでもサカナでもない「何か」なのですが、とにかく気持ち悪い。恐らく人型ロボットで話題になる「不気味の谷」を絶妙に突く特殊メイクやCGの成せる技なのでしょうが、「ヒトのような動きもするし、ヒトのような感情も持っていそうだが明らかにヒトではない何か」がどれだけ可愛らしい少女のような存在であっても、人は嫌悪感と嗜虐指向と恐怖と同情のような矛盾する感情が絡み合った愛情に似た「何か」しか抱けず、決して親が子に注ぐような本物の愛情は抱けない…ということを、ストーリーを追いながら身を持って体験することになります。

そして、この異形のクリーチャーがやがて成長し、一匹のメスとして人間のオス(生みの親である科学者カップルの男性の方)に欲情するに至り、本当の恐怖が始まる…という異種恋愛譚要素もあるB級ホラー。ホラー映画としてはなんとなくありがちで、物凄い残虐シーンがあるわけでもないですが、異形のヒロインと「ソレ」に対する生みの親、そして傍観者である自分自身の抱く複雑な感情があまりにグロテスクで、その本能的な気持ち悪さがずっと印象に残る作品です。

半魚人であるポニョを実写用に特殊メイクとCGで何の先入観もなく作成したら、こうなるんじゃないでしょうか。

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だって、人間の少年に恋愛感情を抱き、荒れ狂う海と共に津波となって街も船も破壊しながら押し寄せる「ヒトではない何か」ですよ。

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無理がありますか?ではもう一本、「ポニョ」と似たホラー映画を紹介します。

例によってネタバレしますが…

「ぼくのエリ 100歳の少女」というスウェーデン映画です。これはハリウッド版の「レット・ミー・イン」の方が有名かもしれません。原作はスウェーデンのホラー小説です。舞台は未解決の連続猟奇殺人事件が起こる街、主人公は学校で凄惨ないじめを受けている少年です。両親は離婚していて、父親は新しい恋人(男性)に夢中、母親は生活に疲れて肉体的にも精神的にもギリギリの状態で、周囲の大人は誰も彼に真剣に向き合う余裕はありません。学校にも家庭にも居場所がない、ともすれば殺されるか、自殺するかしてしまいそうな主人公。そんな主人公の前に、何故か夜にだけ姿を見せる謎めいた美少女が現われます。お互いに孤独で、人とは違う、惹かれ合う二人…でも、少女は実は連続猟奇殺人事件の「犯人」で、動機は被害者の血を啜るため…そう、少女はヨーロッパの土着信仰や民話で語られる伝説の吸血鬼だった!…と言う話です。

この映画の特徴は、「トワイライト」のような吸血鬼と人間のラブ・ロマンスではなく、孤独な少年の魂の叫びに救いの手を差し伸べたのはヒトではなく、悪魔的存在だったという救いのなさにあります。北欧の冬特有の果てしのない暗さ、そして雪と氷が終始陰鬱に舞台を覆う中、孤独と絶望から一線を越えて「ヒトではない何か」と手を結んだ少年の暗く悲しく救われない未来は映画の中で終始一貫して暗示され続けます。「孤独な人間の魂の叫びに寄って来たのは、同じ人間ではなく、魔物だった」という設定は、日本のホラー映画「クロユリ団地」の監督も「インスパイアされた」と語っているそうです。

いやいや、「ポニョ」のソースケは孤独でもなければ絶望もしていない…と思われるかもしれませんが、そうでしょうか。何故、ソースケは両親のことを「ミサ」「コーイチ」と呼び捨てにしているのでしょうか。仲が悪い訳でもないし、愛情を受けていない訳でもない、でも、距離がある…というのがソースケ家の家庭環境なのではないでしょうか?因みに、ドイツ語版では呼び捨てではなくママとパパで吹き替えられています。ドイツで子供が保護者を呼び捨てにするのは十中八九親のパートナーの連れ子という場合なので、それだと映画の設定とは異なり小さい視聴者が混乱するとの配慮かもしれませんが、ミサのような「母親であることよりも仕事や恋愛の方を優先する」というタイプの女性はドイツでは珍しくないためあえて呼び方で「距離がある」演出をする必要がなかったとも考えられます。

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可愛らしい絵柄で楽しい音楽と共に描かれているのでつい流してしまいがちですが、ミサの言動を見ていると「ソースケは優先順位一位ではない」ということは明らかです。子供が助手席に乗っているのに無謀でめちゃくちゃな危険運転は常習、五歳の子供が海に一人で入るのも放置で、溺れかけてやっと連れ戻しても第一声は「トキさんに謝りなさい!」。わたしも一応仕事のある母親の端くれですが、息子よりも「ひまわりのおばあちゃんたち」=職場のお客さんたちの方が大事なの?と首を傾げるシーンばかりです。極めつけは、突如発生した台風で津波が押し寄せ停電に見舞われ陸の孤島となった我が家に五歳の息子をヒトかどうかもわからない得体の知れない「ポニョ」と一人残して「ひまわりのおばあちゃんたちが心配」だからと真夜中に職場へ戻ろうとする神経。仕事に対する誠意と責任感の強さは働く女性の鏡かもしれませんが、こんな時でも母であることよりも職業人であることを優先するのかと、正直毎回呆れながら見ています。

そんなミサが恐らく仕事よりも大事に思っている優先順位ナンバーワンは夫のコーイチでしょう。コーイチが仕事を優先して家に帰って来なかった時のブチギレっぷりは深い愛情の裏返し。わたしも夫が「ごめん、今日残業で帰れない」なんて言おうものならあれ位はブチギレるでしょう…実際夫が残業で帰れなくなったことなんて一度もありませんが。というか一時間残業しただけでもドイツ家庭では一大事ですが。ただ、どれだけ夫にブチギレてもわたしは子供の夕食は作ります。ミサはそうではないんですね。

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そして終盤のこのシーン。水底の天国のようになったひまわりで、ミサはポニョのお母さんと一体何の話をしたのでしょうか。ミサを気遣うひまわりのおばあちゃんの一人が「ミサさん、辛いでしょうね」と言っています。そして牧歌的なサウンドトラックとは裏腹に、グランマンマーレと向き合うミサの表情は何やら深刻です。このシーンに関して評論家の岡田斗司夫さんが興味深いことを言っていて、何でもこの時点でミサの夫コーイチは船ごと津波に飲まれて亡くなっており、グランマンマーレから「お前の息子をわたしの娘にくれるなら夫を返してやろう」と持ち掛けられているのだとか。そう、映画のラストでコーイチはミサの元に生きて帰って来ているので、つまりはそういうことです。ミサは息子よりも夫を選んだということです。

いやぁ「選んだ」とか言わなくても、ソースケはコーイチの代わりに死んだわけではないし、ソースケもポニョが好きなんだからいいじゃない!と言われればそうなのですが、幼稚園児の「すき!」が未来永劫続くのでしょうか?「ぼくのエリ」の主人公も、最終的には吸血鬼である美少女エリと共に生きる道を選びますが、その関係がいつかは純粋な愛情ではなく尽くす側と尽くされる側、仕える者と支配する者、搾取される側と搾取する側へ変質していく運命にあるということは映画の中で「前例」と共に終始暗示され続けます。ポニョの母親との一対一の話し合いでミサが暗く深刻な表情をしていたのは、自分の選択の結果ソースケの未来がどうなるのか、想像できていたからではないでしょうか。

ただ、宮崎監督はミサのような女性の生き方を否定したり批判したりするつもりは全くないのだろうとも感じます。愛情がない訳ではない、母親業を放棄している訳でもない、ただ、母親であることを、自分という一人の人間の一側面にとどめておきたいだけなのだ…というドイツや欧米によくある等身大の女性を最大限好意的に描いているというのはひしひしと伝わります。

だからお母さんは何も悪くない。お母さんがフルタイムで仕事をしていることが悪いんじゃない。お父さんが仕事でずっと家にいないのが悪いんじゃない…でも、やっぱりソースケは寂しいよ。まだ五歳の幼稚園児なんだから。その、誰にも言えない、幼稚園児の語彙力では言葉にすら出来ない感情に、すっとすり寄って来たのが、ヒトではない何か、ポニョだったのではないでしょうか。

ところで宮崎監督は「ナウシカ」や「もののけ姫」等ドイツでR指定されるような大人向け作品も描いていた人です。「もののけ姫」なんて、ドイツではR16のホラー映画扱いされています。「ポニョ」だってやろうと思えば十分ホラーテイスト全開なダークファンタジーとして描くことはできたと思います。というかむしろその方が興行的には成功したのでは?とすら思います。ではどうしてここまで徹底して「アニメは子供のもの」という方針に拘ったのでしょうか?

ドイツを含む欧州では、アニメやマンガは子供のためのものだという意識が昔から非常に強いです。そのため妥協なくリアリティを追究し、残虐描写やお色気表現も厭わない日本のアニメやマンガは衝撃であり、知識層や教育関係者を中心に反発や批判を生むと同時に一部の熱狂的なファン層も生み出しました。欧州のアニメファンの中にはジブリ映画をその急先鋒のように捉えている人もいます。そのため「ポニョ」で困惑し、以後ジブリ映画は見ていないという人も結構います。

宮崎さんは「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した際「アメリカ人には理解されなかったカオナシがヨーロッパ人には理解して貰えた」と言って喜んでいたと聞きます。だから「海外の評価なんてどうでもいい」という人ではなく、寧ろ海外での受け取られ方にそれなりに敏感で、意識していたのでは?と思います。もしかしたら、「日本アニメ=子供向けツールで作られた大人向けコンテンツ」という偏見を打破したい、そんな先入観で観ている連中に一泡吹かせたい…なんていう思いもあったのでは?なぁんて思ったりします。

※記事中の画像はジブリ公式で提供されているものです。

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欧米人に議論で勝つには

日本人の知人が「日本人は議論どころか会話も下手な人が多いが欧米人は会話がスムーズでごく自然にユーモアも交えて議論も出来る」というXの投稿をSNSで紹介していたのをきっかけに、あれこれ考えてみました。

多くの日本人がスムーズに会話出来ない理由は自分にも相手にも地雷が多すぎて、要は空気を読みすぎて気遣いし過ぎていることに一因があるように思います。

そして相手がサービス業の店員や水商売の従業員だったり仕事の部下だったり「気を遣わなくてもいい格下の人間だ」と勝手に判断した場合、空気読まないどころか普通にコンプラやモラルに抵触するような言葉をド直球でぶつけたり…という人も中にはいるのでは。

ただ、欧米人…まぁわたしが詳しく語れるのは主に欧州人ですが…彼らの自然でユーモアに富んだ会話やそこから派生する政治や社会問題に関する議論というのも昔の日本の文化人が思い描くような高尚なものでもないと思うのですよね、これは相手が底辺だろうと会社経営者や学者だろうと変わらないのですが。

テロ事件で有名になったシャルリー・エブドの異文化や他宗教を侮辱するような際どい笑い、或いは日本でも多くの反発を呼んだドイツ公共放送(ZDF)の一連の福島原発事故を揶揄するブラックジョーク…ああいうのが欧州人の言うところの「知的なユーモア」であり、それを一緒になって笑って似たような面白いことを言うのが「ユーモア溢れる会話」であり、或いはイスラム教徒や日本人の立場で反論があるなら更に強烈なブラックユーモアでカウンターするのが欧州人の言うところの「面白い議論」なんですよね。

因みにシャルリー・エブドや公共放送に出演するようなコメディアン等プロによるブラックユーモアはサタイア、一般人含めてそういう会話をすることをザカスムスと言います。ザカスムスを日本語に訳すと「皮肉」とか「嫌味」になります。これ、ドイツ人と付き合った日本人が別れたくなる理由のナンバーワンですね。

と言うと、いやいやそれは一部の教養のない低学歴者の話であって知産階級はちゃんと知的でユーモアある会話をしてるでしょとか言われそうですが、わたしも最初はそう信じていたのですが、というか信じたかったのですが、教養とか学歴とか階層とか関係なく、上記のようなやり取りを「知的でユーモアある会話」と捉える文化なんです。

シャルリー・エブドみたいなサタイア誌の記者や編集者、公共放送のディレクターは皆修士持ちや博士持ちの文系エリートなわけだし、寧ろビルト誌みたいな低所得低学歴層向けの大衆紙の方がこういうサタイア系ブラックユーモアは少ないです。「ブラックユーモアを理解せず本気でぶちギレる低能読者が多いから」でしょうね。

では欧州人のこういうブラックユーモアをどう切り返したらいいのかと言うと、実際わたしが奴らをやり込めた時の実例の一部を紹介します。

2011年の福島原発事故の際
ドイツ人「日本人はホント放射能浴びるの好きだねぇ。」
わたし「そうなんですぅ、国民性ですね。ドイツ人が人に毒ガス吸引させるのが好きなのと一緒です。」
↑当時スキャンダルになっていたVWのディーゼル排ガス不正と言わずもがなの負の歴史にかけている。これで相手が逆上するのは織り込み済み。
ドイツ人「はぁ、ナチスの歴史をジョークのネタにするとか、不謹慎過ぎるだろ!」
わたし「ほほう、ドイツの歴史は笑っちゃいけないのにアジアの歴史はいいんだw人種差別も好きな国民性だっていうの忘れてましたわw」

犬を飼っている話をした時の反応
ドイツ人「その犬、イースターのお祝いの食卓に乗るのかい?w」
わたし「よくご存じですね、我々アジア人は四本足は机以外、二本足は親以外なんでも食べますが流石に知能が高くて繊細な感情のある動物は食べられません。だから犬は食べませんがあんたみたいな白人は食べられますね。ただ法律以外に問題が一つあって、我々グルメなんで、脂でギトギトの上賞味期限も切れたジャンクフードは食べたくないんです。」

親戚の集まりで
ドイツ人の義兄「日本人男性とコンドームの共通点知ってるか?どっちもプラスチックゴミだ。Gelber Sack(黄色い袋)だからなw」
↑ドイツのプラスチックゴミ回収袋は黄色で、袋(Sack)はスラングで睾丸、転じて「野郎」という意味、つまり「黄色い野郎」。
わたし「じゃあドイツ人は男女関係なく全員生ゴミだね。Braune Tonne(茶色いゴミ箱)だからw」
↑ドイツの生ゴミ回収箱は茶色の蓋、そして茶色はナチスのシンボルカラーで人種差別主義者を意味する。Tonne(ゴミ箱)は単位のトンの意味にもなる。トンは肥満な人間への嫌味にもよく使われる。因みに下写真はドイツのゴミ置き場。右端の黄色い蓋がプラスチックゴミ、中央の小さい茶色の蓋が生ゴミ。

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こういう風に下らない嫌味に更に強烈な嫌味で返してバッサバッサ切り捨てていると「頭のキレるユーモアの分かる人」と言われますが、わたしはこういう会話全然楽しくないです。ユーモアの分からない頭の固いつまらない人間と思われてもいいから放っておいてくれと思いますね。だからドイツで友達が少ないのかもしれません。

ただ、ドイツでも最近はポリコレの波が押し寄せていて、回りくどく嫌味に嫌味で応戦しなくとも「それって人種差別ですよね?傷付きました。」で済む場合が増えてきました。つまりポリコレを武器に問答無用で会話を強制終了させられるようになってきました。本当に最近の、コロナ禍少し前からの傾向ですが、これをキャンセルカルチャーと読んで「最近は何でもかんでもポリコレで創造的な会話がし辛くなった」という人もいます。

しかし欧州人も学ぶべきだと思うのです、世界の多くの文化圏でサタイアやザカスムスは人間性の低さの証と捉えられ、侮辱と受け取られるのだということを。

国際感覚身に付いてないドイツ人あるあるで、アジア人が話し相手の時は初対面でも面白おかしくアジア人やアジアの歴史や言語に関するジョークを相手がぶちギレるまで言い続けるというのがあります。義父や義兄弟もそうだしベルリンにいた時の教区の神父や引退した元新聞記者、大学の講師陣もそうでした。これは「ユーモアを交えて話せば初対面でも打ち解けるだろう」と思っているからで、アジア関連のジョークならアジア人にも取っ付きやすくてウケるだろうと思ってるのですね。

以前夫に「こんな糞なレイシズムジョークを言いやがったアホがいた」ということを報告していたら、近くにいた義父がレイシズムジョークの内容だけ聞いて、ゲラゲラ笑いながら「お前もついにユーモアが言えるようになったか!」と無邪気に喜んでいました。それ見てわたしはもうこの人種と分かり合おうとするのはやめようと思ったし、義父は義父でわたしが「ちがわい!こういう糞ジョーク言う奴はナチだって話だわ!」と言うと、以降いじけて「日本と日本文化に関する話題は俺の中ではタブーだ」と言うようになりました。

では普段ドイツ人とどういう会話をしているのかと言うと、仕事関連やご近所等、今後も真面目にお付き合いを続けて行かざるを得ない相手にブラックユーモアを吹っ掛けられたら「そういう言い方は不愉快です」と単刀直入に言います。これで大体「話の通じないめんどくさい奴」認定されますが適正な距離が出来てその後の人間関係は楽になります。

一方プライベートで関わるどうでもいい人間やほぼ通りすがりのような人間にブラックユーモアで突っ込んでこられたら、こちらも戦闘モードでザカスムスをぶちかまします。SNSのクソコメも同じです。

欧州のザカスムス文化の数少ない利点はSNSで発揮されると思っています。日本のSNSのクソコメの応酬って秒で人格否定に入りますが、欧州のSNSはザカスムスが通じるのであくまで「言論」に留まり苛烈な人格否定に陥る前に大抵「面白かったw」でお開きになります。これこそ真の「欧州人の機知に富む会話」なのかもしれません。わたしはドイツのSNSで何度か喧嘩相手から「あなたのザカスムスは素晴らしい」と言われましたが、日本のSNSのレスバでこういう展開はあり得ないんじゃないでしょうか。

欧州人はLinkedInやFacebook等匿名性の低い、実名どころか職場も即バレするようなSNSでも平気で際どい議論をしますが、それはザカスムスがクッションになってうっかり人格否定の応酬に関わる恐れがないというのと、ともすると「素晴らしいザカスムスの使い手」認定されてよい意味での「会話力のアピール」にさえなるからだと思います。

欧州のザカスムス文化が育まれた背景には、支配者や国境線がコロコロ変わり、昨日の多数派は今日の少数派、貴族や支配階層でも戦乱や革命で一寸先は闇、誰も安全圏にはいられない…という17世紀以降の歴史があります。

日本の江戸時代のように社会が安定していなかったので、江戸っ子の洒落皮肉のように「絶対的支配者であるお上に対して手も足も出ない庶民が密かに浮き世を嘲笑う手段であり、弱者→強者への皮肉はありでも強者→弱者への皮肉は単なる暴力」のようなルールもありません。謂わば皮肉のバトル・ロワイアル状態。

ドイツにおいてザカスムス文化が大成したのはナポレオン支配時代だったと言われています。この時期に生まれた伝統が、カーニバルです。道化の格好をして、サタイアコメディアンが全タブーを無視し、政治、社会、宗教、スポーツ、ありとあらゆるモノをコケにしまくり、政治を風刺する巨大な山車が街を練り歩きます。ちょうど2月の今の時期で、先々週子供達の幼稚園でもカーニバルの扮装で登園する日がありました。

昔はインディアンやアフリカ人や中国人のステレオタイプの扮装が主流だったようですが、最近はポリコレ関連で消防士、警察官、科学者、医者等が多いようです。要は特定のエスニックグループや権威の真似をして面白がるという風習で、サタイアの原点です。

本当にカーニバルの意匠を100%汲んで飛びきりのザカスムスをお見舞いしようと思ったら、カトリックの幼稚園のカーニバルでパパはエロ神父、ママはセクシーシスター、子供達は少年コーラス隊の格好で「性加害なんてありませんよ~。神が創造したままの姿を尊ぶことを教えただけですぅ」…なんて。流石にやる勇気はありませんが。

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庭の整地と負の遺産

新築の我が家に入居して一年近くが経過しましたが、ようやく庭の整地に着手することができました。ドイツでは日本に比べて個人で家を建てる人が少なく、また一軒一軒の土地も広く、大規模工事になりがちなので良い職人さんを探すのが大変なのです。それに加えて日本同様職人不足という問題もあります。我が家の場合、隣人のツテで、東欧から移民し、一代で外構工事会社を立ち上げたやり手の親方を紹介してもらうことが出来ました。

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一時期は夫が「良い職人がいなければ自分でやる」と豪語していましたが、蓋を開けてみればトラック数台と大型ショベルカーが出動するかなり大がかりな工事となりました。こんなん、自分でやるのは絶対に無理!お願いできて良かったです。因みに上の写真は三歳になった長男が二階のダイニングの窓からわたしのスマホで撮影したものです。

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こんな風に、ダイニングの窓からは工事の様子をパノラマで見ることが出来るので子供達は大喜び。子供達だけでなく、工事の様子など見たこともなかったわたしにとっても興味深い光景でした。ただ窓の外を眺めるだけでなく、夫もわたしも、連日写真の椅子に掛かっている作業着を着て現場に出てあれこれチェックしたり、指示を出したり、毎日泥だらけ。家を建てる時もそうでしたが、ドイツでは日本のように「業者さんに全部お任せ」という訳にはいかず、施主が一つ一つの工程を自分でチェックし、要望を出し、現場の職人さん達と調整しながら造っていくことになるのです。

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写真一枚目のショベルカーが運んでいた「L字石」が、こうなりました。

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更に今度はこの巨大な石を並べて石垣を作ります。

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ドイツでもこうした石垣は傾斜地の住宅などでよく見られます。

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このグレーの部分は二階のダイニングルームから直接出られるテラスになります。写真では一階部分が見えないのであまり大きく見えませんが、このテラスだけで40㎡あります。何故ドイツの家にはこんな巨大なテラスが付き物なのかと言えば…それは「庭でバーベキューをする」というのがドイツ人の至高の楽しみの一つだからです。この巨大テラスにグリルを置いて、更に人を呼んでグリルパーティーが出来る位のテーブルセットを置くのです。

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こちらは裏庭部分。傾斜部分が整地されてやっと登れるようになったため、自分の家の裏側を初めて見ました。因みに家の脇に建っている小屋は鶏小屋です。

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さて、大方の工事が終わり、芝生を植えるために石を取り除く作業をしていた夫がキッチンに飛び込んできて「こんなものが出てきた!」と言うので見てみると…

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割れた…恐らく意図的に割られた陶器のお皿。鷲と鍵十字の紋章はナチスのシンボル、1939年はヨーロッパにおける第二次世界大戦開戦の年です。恐らくババリアというバイエルンの陶磁器製造メーカーのものでしょう。なんと、我が家の庭にドイツの負の歴史の欠片が眠っていました。

この土地を買った時に聞いたのは、元々3200㎡の広大な土地だったものを四等分し、それぞれ800㎡の土地にした…というもの。一体誰が住んでいたのでしょうか?

テーマ : ドイツ
ジャンル : 海外情報

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ナナコ・ゲーリング

Author:ナナコ・ゲーリング
ドイツに嫁いで11年、可愛い双子の男の子を授かりました。
このブログでは、ドイツでの暮らしと子育てのことと同時に、いつか成長した子供たちが読んでくれてもいいように、日独夫婦のわたしたちが歩んできた道のりについても書いていきたいと思います。
ブログも手探り、子育ても手探り、こんな人でも海外で暮らしてるんだぁ…と読んでいただければ幸いです。

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